ご存じ?「今治水」と「正露丸」
当院を受診する患者さんからたまに聞く家庭薬に、「今治水」と「正露丸」があります。
むし歯が急にひどく痛んだときに使ったら痛みがすうっとひいたとか。
ところが、歯科について学んできたはずのスタッフ一同、これらの薬のことは全く知らない、あるいは聞いた事はあるけれど歯痛に使うとは知らなかったという有様でした。
昔の薬かと思いきや、現在もちゃんと販売されて、しかもどちらも効能に「歯痛を和らげる」とあるではないですか!
そこで今回はこれらの薬についてしっかり調べ、皆さまにもご紹介してみたいと思います。
ご自宅の常備薬としたくなるか、あるいはもう使わないと思うか、ご意見ご感想をお待ちしています!
今治水(こんじすい)
今治水は、液体歯痛薬として市販されています(商品名:新今治水、定価788円、丹平新薬)。
むし歯の痛みを和らげる効果があり、むし歯に直接つける(塗る)薬です。
液体のほか、ペースト状や飲み薬のタイプもあります。
なんと明治31年から発売されている、息の長~いお薬です。
1)効能:むし歯、歯の根の痛みを鎮める
むし歯につけた場合、その90.4%に2分以内で鎮痛効果が認められた!というデータがあるそうです。
ペーストタイプの方が持続時間は長いそうですが、その具体的な長さは不明です。
2)主成分
フェノール:殺菌作用、タンパク変性作用
知覚神経末梢を刺激して麻痺させる作用
カンフル:局所刺激作用、弱い防腐作用
ケイヒ油、チョウジ油:芳香薬、健胃薬
その他
正露丸(せいろがん)
「ラッパのマーク」でおなじみの、下痢・食あたり・水あたりの薬です(大幸薬品)。
小さな粒状のお薬です。
「正露丸」と「正露丸糖衣」がありますが、むし歯痛の効能があるのは前者のみです。
1)効能:むし歯痛
むし歯の穴に1~1/2個直接詰めて使います。
なお、注意書きは以下のとおりです。
「むし歯痛に使用する場合、本剤は一時的に痛みをとるのみで治療効果はありませんので、痛みが治まってもなるべく早く歯科医師の治療を受けてください。また、痛みがやわらげば、本剤をむし歯の穴から取り除き、決してつめたまま放置しないでください。」
2)主成分
クレオソート:消毒薬、殺菌作用、防腐作用
アセンヤク末:収斂作用、タンパク質を結合沈殿して炎症拡大阻止作用
カンゾウ末:消炎・鎮痛作用、抗炎症作用
チンピ末:中枢抑制作用
オウバク末:苦味薬(胃の分泌促進作用)
※むし歯痛の効能が明記されているのは「正露丸」のみです。
※クレオソートについて
クレオソートは強い殺菌消毒効果をもつ薬品です。
近年、薬害防止目的で設立された民間の医薬品の安全性を監視する団体「薬害オンブズパースン会議」は、クレオソート製剤の危険性について様々な意見書、要望書等で公に問題提起しています。
それによれば、クレオソートについて、高濃度で細胞を傷害し、強い腐食性があり、しかも解毒薬がなく、劇薬に指定されていて、ヒトに対する発ガン性が否定されていない点を指摘しています。
製造販売元の大幸薬品は安全性を訴えていますが、まだこの件に関しては明確に白黒ついていないようです。
常用量と中毒量に大きな差が無いという指摘もあります。
むし歯の穴が大きいからといって入るだけ詰め込むというのは避けた方がよさそうです。
どんなとき効くの?
そもそも、歯が痛む原因の多くは、
①むし歯による歯髄(歯の神経)の炎症か、
②歯根の先にできた膿みによることがほとんどです。
痛み方としては、①の場合は冷たいもの、甘いもの、温かいものなど、何かを口に含んだときにズキーン!とくる痛みで、ひどくなると痛みが数分間、あるいはずっと治まりません。
たいてい痛んでいる歯にはある程度の大きさでむし歯の穴があります。(下図のC3まで)
こちらはむし歯菌によって歯の神経自体が炎症を起こしているので、上記のお薬が効く可能性があります。
むし歯の進度:上段は左から C1、C2
下段は左から C3、C4
ところが、②歯根の先にできた膿みの場合は、歯の神経はもちろん歯根の先にまでバイキンが達して膿みの袋をつくっており、ズキン、ズキンと拍動性(脈と同じようなリズム)のひどい痛み方をします。
原因となっている歯は触ると非常に響いて痛いのが特徴で、噛むことが全くできないという症状に現れます。(下図のC4)
ひとたび痛みだすと長時間続くことが多く、ひどくなると口元あるいはアゴ、目の下まで腫れることがあります。
歯の神経は死んで腐った状態ですので、上記のお薬は役に立ちません。
この痛みをとるには、どうにかして膿みを外に出してしまうのが最短の改善策です。
あるいはバイキンの勢力を弱めるための抗生剤を服用します。
ちなみに、神経を取る治療を済ませた歯でも、根の先にバイキンがくすぶっていて同じように膿みの袋を作ることがあります。
むし歯の穴はないのに、神経はないのになぜ痛い!?と思われたときは、膿みの袋が出来ている可能性大ですので、できるだけ急いで歯医者へGo!です。
歯痛が治まったあとは?
さて、「今治水」あるいは「正露丸」で痛みが治まった歯は、いったいどういう経過をたどるのでしょうか。
むし歯で痛むというのは、歯の神経が「やばいよ、むし歯菌にやられちゃうよ!」と悲鳴をあげて教えてくれるサインです。
軽い痛みで何らかの処置をすれば、神経を生かして歯を残すことができます。
ところが上記のお薬は、このサインをご自身に聞こえなくするためのもの、しかも神経自体が叫ぶ力をなくすように変性(つまり死)させていくことになります。
決して悪い部分を治しているのではありません。
何度も使いつづけることで神経はいずれ完全に死んでしまい、腐敗していきます。
つまり、その先にあるのは歯根の先にまでバイキンが達して膿みの袋をつくる状態です。
治療はできますが、歯を生かして残すことはできません。
トピックス「歯の神経の治療って?」にも書きましたが、歯は生きている状態の方が長持ちします。
死んだ歯はいわばミイラや枯れ木の状態です。
どうしても歯の治療にいけないときに、急な痛みに備えてお薬を準備するのはよいですが、あくまでも「その場しのぎ」であることを頭の隅にぜひ覚えておいていただきたいと思います。
さあ、あなたはどうしますか?